小池昌代かきがら

装幀は緒方修一さん、装画は水野里奈さんです。
ISBN978-4-86488-204-0 C0093 ¥2400E
定価(本体2,400円+税) 四六上製288頁
2020年8月下旬刊
殻(カラ)、空(カラ)、虚(カラ)、骸(カラ)……あれは都市の、この世の、崩壊の音。
富士が裂けた。
電線のカラスが道にボトボト落下した。
雨みたいにばらばらと人の死が降った。
生き残った者は、ツルツルの肌を持つあのひとたちに奉仕した。パンデミック後の光景、時の層を描く書き下ろしを含む小説7篇。●本文から―わたしたちから引き算されるなにか。そのひとと過ごした時間、あたたかい経験。いきなり断ち切られる時間。
―都会の駅前、公衆の面前で、橋の欄干に紐をかけて首を吊る人もいた。人はそれを、止めることなく、遂行を静かに見届け、端末で動画を撮った。
―テーブルは客でうまっているが、誰一人、文句を言わず、ひっそり顔を伏せてしゃりしゃりと天麩羅をかじっている。
―午後四時に家にいる男がいたら、女にこれから殺されるか、すでに死んでいるかのどちらかだ。
―人間がいて何か少しでも前向きなことをしようとすれば、必ず何かのひずみを生むでしょう。
―ただ、深く諦めている。半分、死んでいる。もう半分で生きたいと切実に思っている。
―そこにもまた、永遠と瞬間が、グロテスクに股を開いていた。
●著者あとがきから本書には、七つの短篇をおさめた。冒頭の一篇「がらがら、かきがら」は、本書のために書いた。牡蠣の季節は終わりかけていたが、わたしはこれが最後かと思いながら牡蠣フライをつくり、同じとき、新型コロナウィルスが、世界中を静かに侵し始めていた。わたしは、店頭にあれば牡蠣を買い、再びこれが最後かと思って牡蠣フライをつくり、深海魚のようなきもちで、一人、短篇を書きながら、耳の奥に、「がらがら」という音を聞いた。牡蠣殻と牡蠣殻とが、ぶつかる音だ。空白を押しつぶす、崩壊の音。しかし妙に、力の湧き出る音である。
「がらがら、かきがら」以外の六篇は、さまざまな場所に、ばらばらに書いた。一冊にまとめる途上で、それぞれが枝葉を伸ばし、互いが互いと、つながろうとしているように見えた。そこで、別々の鉢に植えられていた植物の、鉢を破壊し、同じ庭に地植えしてみる、ということをした。それにより、各篇には少なくない修正を施すことになった。