近藤耕人リトル・ヴェニスISBN978-4-86488-228-6C0093 ¥2200E
四六判上製 304頁
2021年8月下旬刊
野辺麻夫は家を出た。自分の絵を描くためには独りにならなくてはならない。――1970年代イギリスへ絵画制作のため赴く画家。生まれ育った東京の記憶を瑞々しく回想する青年。大災害で壊滅した世界を生き抜く二人の男。言語と映像の関係を思考し続けてきた著者が作り出した、20世紀文学の記憶が様々に木霊する文学空間。書き下ろしの表題作他、第一回文藝賞佳作「風」を含む創作集。
【目次
】1 リトル・ヴェニス
2 蝉しぐれの森/口をきかない影/「母への手紙」
3 風
【著者略歴
】(こんどう・こうじん)1933年、東京生れ。英文学者、評論家。東京大学文学部英文科卒。1962年戯曲「風」で第一回文藝賞佳作入選。明治大学教授のち名誉教授。著書に『映像と言語』『目の人 メディアと言葉のあいだを読む』『山高帽と黒いオーバーの背』など、訳書にスーザン・ソンタグ『写真論』ジェイムズ・ジョイス『さまよえる人たち』など、共編著に『サミュエル・ベケットと批評の遠近法』など多数。
【本文より】
「最初に書いたときの、純粋な気持で書くんだよ。それしかないよ。それだけがほんとうに書く値打のあることだ。一生生きてもそれは変らない」
「一生変らないとすると、若かったあと、何十年も生きてきたのはなんだったんだろうと思うね。なにもなかったことになる」
「なにもないところをぐるぐる廻っていたのさ」
「いざ書こうと思ってペンを取ってもなにも書けないのはそのためかな」
「なにか書くことが定ってりゃだれでも書けるさ。上手い下手はあるが。なにもないことを書くのがむずかしいよ。それが人生だから、みんな生きていて、なにもない。あたりまえのことだからだれでも書けるわけじゃねえ。おまえさんなら書けるよ」
「書けそうな気がして書こうと思うと、消えてなくなってしまう」
「消えないようなものは書いてもしようがねえんだ」