神山睦美「還って来た者」の言葉 コロナ禍のなかでいかに生きるか四六判上製/320頁/2021年9月下旬刊行
ISBN978-4-86488-233-0
C0095 ¥3000E
私たちをばらばらに切り離し、再生不可能と思えるほどの孤立をもたらしつつあるコロナ禍。その中で、他者との連帯と協調はいかにして可能か。親鸞の「悪人正機説」、吉本隆明の「往相還相」、イエスの「私に触れてはいけない」、村上春樹の「見えない力」――絶望的な危機のさなかで古今の言葉を読み継ぎ、「反動感情」から「配慮」へと希望の隘路を見出す。閉塞的な現在状況に批評家が全力で応えた最新評論集。【目次】はじめに
1 吉本隆明・親鸞・西行・ヴェイユ
死を普遍的に歌うということ――吉本隆明と立原道造
なぜ「極悪人」に「救い」があるのか――吉本隆明『最後の親鸞』』を読みながら
「還ってきた者」の言葉
「パラドックス」としての〈共生〉
竹の葉先のかすかな震え
西行の歌の心とは何か――工藤正廣『郷愁 みちのくの西行』
なぜいま絶対非戦論が問題とされなければならないのか――吉本隆明『甦えるヴェイユ』について
2 加藤典洋・村上春樹
「ただの戦争放棄」と「特別な戦争放棄」――加藤典洋の戦後観と『9条入門』
内面の表象から欲望の肯定へ――加藤典洋の村上春樹評価をめぐって
村上春樹の物語の後に
回生の言葉――江田浩司『重吉』
理由なき死――松山愼介評論集
3 大澤真幸・ジジェク・アガンベン・カツェネルソン
コロナ禍のなかでいかに生きるか
負け損をする人々への配慮
<証言――あとがきに代えて
覚書
【本文」より】 吉本隆明は、親鸞の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という言葉を「往相」と「還相」と呼ぶわけですが、どういうことかというと、「往き」の時には、道端に病気や貧困で困窮している人がいても、自分のなすべきことをするために歩みを進めればいい、そのためには、どのような倫理性も無効になるまで宗教的な行を積み重ねてゆく。しかしそれを終えての「還り」には、どんな種類の問題でも、すべてを包括して処理して生きなければならない、ということにほかなりません。
ですから、還ってきた時には、無一物の存在として、病気や貧困で困窮している人々、それだけでなく、いわれない差別を受け、虐げられている人々、さらには人を差別し、虐げることに何の痛みも感じることのない人々まで、どうすれば往生できるかに思いを致さずにいられないのです。
この、無力で無一物の存在が、現在のコロナ禍のなかに現れたとしたらどのような言葉を発するでしょうか。
【著者略歴
】(かみやま・むつみ)1947年1月、岩手県生まれ。東京大学教養学部教養学科フランス分科卒。文芸評論家。2011年、『小林秀雄の昭和』で第2回鮎川信夫賞を、2020年、『終わりなき漱石』で第22回小野十三郎賞を受賞。その他の著書に『吉本隆明論考』『二十一世紀の戦争』『大審問官の政治学』『希望のエートス 3・11以後』『日本国憲法と本土決戦』など多数