小谷野敦小説集
蛍日和(ほたるびより)978-4-86488-276-7 0093
定価:本体2900円+税
2023年6月刊
愛妻小説出会い、引っ越し、再婚、断煙、禁断症状、不安神経症、ノイローゼ、睡眠障害、鬱、妻の事故……その屈託に寄り添った妻との十五年。4篇収録
廊下で蛍とすれ違うことがある。といっても大抵はトイレから出て来た蛍の脇を私が通るのだが、狭いから、蛍は片側の壁に、両手をあげてピタッと張り付き、「あじのひらきッ」と言うのである。
その頃、ウェブを検索していて、私が若いころ半年ほどつきあっていた先輩の吉川玲子が、勤務先の八重桜大学で学部長になっているのを知り、複雑な気分に襲われた。私は大学教授になり損ね、妻も非常勤で苦労し、著作も売れなくなっている。さらにこの病気で逼塞状態だ。もちろん東大教授でも死ぬことはあるのだから、生きてこそとも考えられる。惨めな気分を被虐趣味に変えてみたりもした。 ――「幻肢痛」より――
【著者紹介】
小谷野敦(こやの・あつし)
1962年、茨城県生まれ。作家、比較文学者。東京大学文学部英文科卒業。同大学院比較文学比較文化選考博士課程修了、学術博士。著書に『聖母のいない国』(サントリー学芸賞)『〈男の恋〉の文学史』『もてない男』『江戸幻想批判』『恋愛の昭和史』『谷崎潤一郎伝 堂々たる人生』『川端康成 双面の人』『江藤淳と大江健三郎』『純文学とは何か』『歌舞伎に女優がいた時代』等多数。小説集に『非望』『童貞放浪記』(映画化)『母子寮前』『ヌエのいた家』(以上2点、芥川賞候補)『東十条の女』がある。